きっかけは 高森町のミュージカル

高森町 吉田区在住 松長 弘子 さん


自己紹介

 平成元年に末子の小学校入学に合わせて家を建て
高森町の住民となりました。

平成10年、町制40周年記念にふるさとミュージカル「惣兵衛堤防に咲いた花」の公演が決まり、それに先立ち町の広報にて踊り手募集の記事を見て参加したことがきっかけで、その後町の体育指導員を10年、地域総合スポーツクラブ「柿の里SC(スポーツ&カルチャー)」を立ち上げ現在に至っています。

スポーツにダンス・・・体を動かすことが大好き!

 私は元々体を動かすことが好きで、中学ではバレーボールクラブや陸上の800mや走り幅跳びの選手として活躍しました。高校では器械体操クラブの選手、社会人になってからもバレーボールや陸上をやってきました。

子育て後は健康体操やヒップホップダンスなどを習い、現在は鼎のETCダンススクールにて週1回ハウスというジャンルのヒップホップダンスを楽しんでいます。

 仕事は8年前から高森町のふれあいスクール指導員として小学校の学童の子ども達をお預かりしています。
子ども達と一緒にハンドベースボールや鬼ごっこ・大縄とびなどをしながら、子ども達のふとした言葉には発見があり元気をもらっています。

私を育ててくれたのは高森町

 ふるさとミュージカルが終った後、町の公民館で外部から先生を招いてくださり舞踏教室を設けてくれました。
それがヒップホップダンスとの出会いでした。初めて体験するストーリートダンスのステップに四苦八苦しながら達成感を味わいました。それがなかったら今まで続けてきたダンスとは出会えなかったでしょう。私はミュージカルや舞踏教室に参加するという一歩を踏み出すことによって今に結び付いているような気がします。

「柿の里SC」を立ち上げた時、「ダンス信濃の国」を
一緒に練習に来てくれた方々と町民運動会のオープニングでお披露目することができました。あいにく雨が降り出してしまい運動会の競技はできませんでしたが、市田会場と山吹会場で踊ることが出来たことはとても印象に残りました。私を育ててくれた高森町に感謝です。

熱中小学校に入学して(第1期生)

 「もう一度7歳の目で世界を」に魅せられて入校しました。新しい仲間との出会いや、何か一歩踏み出す学びとなることを期待しています。授業に間に合わないことがありみなさんの頭越しに授業を受けていたので一期はあまり他の方の顔を覚えることが出来ませんでしたが、二期に入り、ホームルームや交流の場が多くなり少しずつ顔を覚える機会ができました。
普段ではとてもお話を目の前で聞けることがない講師の先生方です。一番印象に残っている授業は元オフコースドラマーの大間ジロー先生との音楽セッションです。生徒も参加しての授業だったので一体感があり楽しく受講することができました。これからの授業も楽しみにしています。

信州たかもり熱中小学校について 64 記事
「もういちど7歳の目で世界を」をキャッチフレーズに日本全国へ展開を続ける大人の社会塾、熱中小学校。長野県内、また中部地方でも初の熱中小学校として開校したのが、私たち「信州たかもり熱中小学校」です。