豊田佐吉の言葉を胸に

高森町 吉田区在住 下井 明さん


自己紹介

団塊世代 五黄の虎が松川町の宮ケ瀬橋の近くで生まれ、たかもり熱中小学校の用務員・坂本(屋号)の正彦君(新井正彦)とは幼馴染で日が暮れるまで遊びました。歳月は過ぎ、飯田線のゲタ電にて飯田の高校まで通学、縁あって町内の協和精工(精密部品製造)の創業時代から勤めています。創業時は別会社(下伊那種苗)の事業・植林用苗木生産(ヒノキ等の稚苗生産をし郡下一圓に販売)もあり、熱中小学校の北側の駐車場付近 約一町歩はヒノキなどの苗圃であった。時には会社の仕事の一部として苗木生産(畑仕事)にも励んでいたところに熱中小学校の学び舎ができたことは、元より勉強が苦手な私にとっては、まだまだ勉強をせよとの何かの引き寄せと思うところです。
入社以来、現会長(堀 政則氏)を含め3人の会社の社長の下で働き、創業者(宮脇 權右衛氏)、元社長(宮脇 裕和氏)のお二人の社葬にも関わり色々な方々と出会いがあり、普通ではできないような経験もさせて頂いたことは私の人生の中で大きな宝と感謝しています。
会社では数年前に第一線から離れ、後継の経営陣や中間管理職への指導育成も概ね終わり新しい経営陣(社長 橋場浩之氏・専務 原 公司氏、他)による、株式会社協和精工(第52期)が6月にスタートをしました。
現在は在籍をしながら弊社会長(堀 政則氏:高森町商工会長)と共に地域発展のため奮闘中です。(内容については後ほど紹介)
*創業時から色々なことに挑戦し、めまぐるしく変化してきた時代時代(昭和40年代~平成30年)の50年間を文字風景にすると、創業の原点「育てる」につきると思います。
*****「苗を育てて、人を育てて50年、立派な「樹」に育ちました」*****創立50周年より

地域産業の発展のために

仕事・生き方・ライフワークそのものが私にとっては会社でした。少し会社の紹介をいたします。
協和精工は創業のころから近在では一早く県外等にも目を向けて、時代時代に合った色々な仕事を取り込み紆余曲折を経え日々挑戦をし、企業理念に「いい会社をつくろう。」を合言葉に開かれた経営をしてきました。今ではロボット向けの電磁ブレーキ(KYOWAブランド)を始め「海洋から地上、そして宇宙まで」幅広い分野で色々な機械、医療機器部品、装置も含め開発、製造、販売をしています。従業員数も200名余で郡内でも有数な企業となりました。
日々経営に携わってきた三代経営者(堀 政則氏)の経営スタイルや会社の活動の様子は数多くの県内外のメディア等にも取り上げられ、経産省のグッドカンパニー大賞他の受賞もあり、同時に地元高森町も広くアピールできたと思います。

しかし弊社を含みまだまだこの地域の多くの中小企業(全産業)の付加価値が郡外に比べ低い状況です。そのような状況の中で今回、高森町と高森町商工会は地元金融機関と連携して「地域企業の現場で生産性や付加価値の向上と現場人材育成の支援プログラム」:
名称「プロジェクトC(チャレンジ)」を立ち上げて、地元出身でトヨタ生産方式(現場改善・改革)を大手企業にて経験したOBシニアエンジニアの方にこのプロジェクト支援メンバーに入って頂き活動が始まりました。企業の現場改善を通して儲かる企業を目指し、社員の生活の向上ができることが目標です。この事業を支援する運営事務局の一員として協和精工会長と不肖下井も協力をしています。新たな試みですが地域産業の発展のために微力ながら生涯現役を目指して頑張りたいと思います。このプロジェクトに興味がある方はお声がけをお願いします。

この写真は弊社が新工場を建設した折に工事に携わって頂いた建設関係者から寄贈して頂いた「三本のしだれ桜」です。今年の春は見事に可愛らしい花が咲きました。昔から3という数字は色々なところで使われています。三本の桜はお互いに競い合い、励ましあい、時には影になり(葉っぱが茂り他の木をかばう)日向になり共に切磋琢磨して成長していく様は、今後の会社の成長と人との成長がこの三本のしだれ桜が織りなすところと思っています。

たかもりへの想い

この高森町の勤務先の会社に縁があって50年余り。吉田の地に居住し30年余りが過ぎました。
町の成長も色々な場面を通じて見てきました。この素晴らしい河岸段丘が見える伊那谷の原風景、そして北部5町村の中でも色々な条件が最も整っている町と、色々な場面で外部に自負してきました。昨年は町制60周年(山吹村が合併)となり、色々な文化的な行事も今夏の東京六大学野球戦で幕が下りました。文化的なことは言うまでもなく大切ですが、もっと色々な事を考えてアイディアを出し合うことも大切と思います。町が元気にならなければ、今より良い生活も望めません。

町内には多くの若者が色々な団体を作り私たちの住んでいる町を良くしたいとの思いで、個々に奮闘している様子をお聞きしています。
若手団体(役場内で立ち上げた若者連・町内の事業者等で構成している「タカート」「ミツート」「エコプロ」「若手農業者連絡会」「地域の団体」他)が活躍していますが、個々の団体の力にも限度があると思います。このような団体が共に手を結びお互いの意見交換をして町の未来像を描き提案をすることも大切と思います。この地域や町内が元気になるためには、産業(町の企業も含めた)の今一歩以上の目標と努力(改善・改革等)が必要と思います。やはり、外を見、模索することが大切と思います。
私の尊敬する一言を紹介。
「障子を開けて見よ、外は広いぞ」豊田佐吉(トヨタ自動車他G 祖師)トヨタグループ繁栄の基

熱中小学校に入学して(第1期生)

入学してみて、周りには私たち団塊の世代(66~71歳)から+6歳、-20歳の方々が、今は現役そして生涯現役との思いから学びたい気持ちのある方が大勢おりびっくりしました。多分今みたいな充分な教育環境が整っていない時代に育ったから機会があれば勉強(いろいろな情報を入手)したいのではと思います。

授業の内容は政治、経済、文化と多岐にわたり色々なことを知る機会があり、ありがたいです。一方、現代風の情報のやり取りの授業(デジタル、SNS、IT志向)のはなかなか頭がついていけません。印象に残る授業は6月9日の「満州開拓の史実から学ぶもの」・・・寺沢秀文館長講話は思わず目頭が熱くなり、開拓団が満州から戻り郡下(増野を始め)や富士山麓にて開墾から始め開拓者精神で戦後の日本の繁栄、そして高森町の果樹産業の発展に寄与したことは大変素晴らしいことと感じました。

第1期も9月1日の修了式で終わりましたが、第2期もより多くの方々に逢えることを楽しみにしています。さらに第2期の講師陣にも大いに期待しています。

信州たかもり熱中小学校について 54 記事
「もういちど7歳の目で世界を」をキャッチフレーズに日本全国へ展開を続ける大人の社会塾、熱中小学校。長野県内、また中部地方でも初の熱中小学校として開校したのが、私たち「信州たかもり熱中小学校」です。